新宿研究所の屋根裏部屋 その2 新宿編A

 

A聖徳太子は実在していなかった!?
「聖徳太子は実在しなかった」という説は昔からあるそうです。それは、聖徳太子という人がいなかったという意味ではなく、伝説に伝わるようなスーパー
な人物ではなかったという意味のようです。天武天皇の頃に、伝説の人としてまつりあげられたというものです。「馬小屋で生まれた」とか「10人の言うこと
を同時に・・」等の逸話はキリストを彷彿とさせるでしょう。明らかに影響を受けて作られていますね。。
しかし、聖徳太子に該当する人物は実在したという説が濃厚のようです。

 

B西郷隆盛の肖像画は本人を描いたものではない!?
大久保ら維新の立役者の絵が多数残っている中、西郷は自分の写真が無いと明治天皇に明言している。事実、西郷の顔写真は一切残っていない。
死後に西郷の顔だと言われる肖像画が多数描かれているが、基となった1枚の絵(エドアルド・キヨッソーネ作)は、弟・従道の目元に、がっしりしていた
従弟・大山巌の顔つきを合成したものであり、キヨッソーネは西郷との面識が一切無かったことから、実際の彼の顔とは異なり細い顔であるという可能性
もある。西郷の顔を記憶している人間が当時は多数生きており、特に似ていないとの異論も出ていないので基本的にはキヨッソーネの肖像画は似ている
ものと思われる。ただし、実際の西郷の耳は耳たぶが垂れたいわゆる福耳ではなく、平耳であったことが近年の研究で明らかにされている。実際の西郷
にあって描かれた肖像画のいくつかは、明らかに平耳で描かれている。寺田屋事件が起こった旅籠寺田屋にて西郷や明治天皇が坂本龍馬や桂小五郎ら
と写っていると称されている写真(フルベッキが佐賀藩致遠館の学生たちと撮影した写真)があるが、甚だ疑わしい。高値で売り込む人物が現在でもいるの
で、要注意である。フルベッキの写真は撮影されたのが慶応2、3年と特定されているが(明治初年の説もある)、比定された西郷ら明治維新の元勲がこの
時期に一堂に会したことは史料的にも有り得ぬし、西郷本人に限っても、既に肥満体になっていたのに、頬骨が出、普通の身躯をしているなど疑問点だら
けで、副島種臣とフルベッキ、さらに無名の佐賀士族の若者たちを写した写真を元勲たちの写真とこじつけたにすぎない。

西郷隆盛って実際はどんな感じだったんでしょうね?名前からしてあの肖像画がピッタリなんですけどね…。

とまぁ、割と有名な都市伝説をいくつか挙げてみました!
ここはわかりやすい屋根裏部屋なんで、ネタもアリガチなものということで。。
他のエリアの屋根裏部屋はもっと分かりにくいところにあります!
そこではとんでもないネタが待っているかもしれません。。
探すか探さないかはあなた次第です!!

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