新宿研究所の屋根裏部屋 その2 新宿編@

 

よくこんなところまで起こしになられました。
デリヘル研究所の長谷川と申しますm(_''_)m
ここは新宿研究所の屋根裏部屋です。
他のエリアにも屋根裏部屋はあるんですが、 ココと立川は見つけやすいですね!
一番みつけにくいのが鶯谷です!鶯谷を見つけたらすごいです!

ここでは「都市伝説パートT」をご提供致します!
最近都市伝説が流行ってますので、明日のひとネタにどうぞ使って下さい!

 

@松尾芭蕉と服部半蔵は同一人物!?
松尾 芭蕉(まつお ばしょう、寛永21年(1644年) - 元禄7年10月12日(1694年11月28日))は、現在の三重県伊賀市出身の江戸時代前期の俳諧師。
『奥の細道』の旅の初め、千住に滞在した日数が多いのに『奥の細道』には消息がないため、隠密としての任務を受けに行っていたのではないか
との憶測と、出生地伊賀との関係、又当時の日本人としては異常な速さの歩き方から、忍者ではなかったかとの在野の説もある。
忍者であるという説は、芭蕉が伊賀上野の生まれであるため、盛んに論じられてきた。古くから俳諧師は旅をして暮らしたことから、
情報収集をともなったと言われている。 1943年、「おくのほそ道」の旅に同行した河合曾良の旅日記『曾良旅日記』が翻刻された。
すると、『おくのほそ道』の記述とは、およそ80におよぶ相違点があることが判明した。例えば、出発した日は『おくのほそ道』では3月27日であるのに対し、
『曾良旅日記』では、3月20日となっている。 また、日程も非常に異様である。黒羽で13泊、須賀川では7泊して仙台藩に入ったが、
出発の際に「松島の月まづ心にかかりて」と絶賛した松島では一句も詠まずに一泊して通過している。この異様な行程は、仙台藩の内部を調べる
機会をうかがっているためだとされる。 また、『曾良旅日記』には、仙台藩の軍事要塞といわれる瑞巌寺、藩の商業港・石巻港を執拗に見物したことが
記されている(曾良は幕府の任務を課せられ、そのカモフラージュとして芭蕉の旅に同行したともいわれている) 。
これらの説から「おくのほそ道」は紀行本ではなく仙台藩の内部を記した報告書であるという見方もある。

以上のことから、かの有名な服部半蔵なんて言われている訳ですね。でも服部半蔵とは生きた時代は若干異なる為、別人説が濃厚ですが、
松尾芭蕉が忍者だったという見方は単なる都市伝説ではないかもしれませんね。

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